せららばあどの随想録

エンターテインメントを哲学する

「不老不死は素敵じゃないか」 舞台『伯爵のおるすばん』レポート

『伯爵のおるすばん』

脚本:中嶋康太(Mrs. fictions)

 

 

不老不死もののSFによくある、「主人公の孤独と死ねない苦しみ」というのが好きではない。

たしかに孤独も苦しみもあるだろうが、それを不老不死者の絶対の運命と決めつけてしまうのは、可死者の傲慢であり、それを言いたいがための御都合主義的な設定が目に余るのだ。

 

この作品は、主人公の不老不死が話の軸ではあるが、テーマはそこにない。

彼にもたしかに孤独と苦しみはあるが、愛情と喜びがそれを凌駕していく。

愛する者は死ぬが、その経験が自分を変え、また新たに愛する者へとつながっていく。

それは悲劇的で意味のないことだろうか。

 

3時間弱の長尺ではあるが、5つの時代を描くのだから必然ではある。

前半はコメディーパート。

いわばシチュエーションコントを何本かやるといったところ。

コントとしての脚本はよくできていて、客もよく笑っていた。

プロのコント師に演じさせたら十分笑いの場で戦えるだけの筆力だ。

 

このさんざん笑わせた余韻が、後半のシリアスパートに説得力をもたせる。

笑いっていうのは、笑いなしの真面目な話をしっかり聴かせる力があるんだと思った。

この気づきが今回の最大の収穫だろうか。

 

後半は、孤独と絶望、そしてそこからの回復。

時間があれば、死せる人間が期待するような悲劇など乗り越えられる。

ただしそれを可能にしたのは、彼を愛する死せる者たちである。

ここで、あまりにも不老不死を美化しすぎるのも偏見だから言っておくが、

 

不老不死は素敵だ。ただしイケメンに限る

 

この主人公はとにかくモテる。努力せずともモテる。

本人が回顧するように、彼には特別な才能も、財産も、華やかな経歴もない。

ただし、イケメンで、素直な性格だ。

素直なイケメンだから、人に愛され、結果、不老不死である自分を肯定できたのだろう。

才能も財産もなく、ひねくれたブサイクだったら、不老不死は絶望だ。

すみません。言いすぎました。。。

でも、不老不死なんてその程度のことだ。永遠は絶望の有無を決めないのだ。

 

フィナーレ。世界の終わりの打ち上げ。

神々しい光に包まれて、全ての登場人物が飲み会に参加する。

これは幻想だが、美しい人生がそのまま具現化されたとき、

観るものは感動とともに、不老不死も悪くないなと思ったのではないだろうか。

 

笑いとシリアスのバランスをうまく転回させながら、最終的に圧倒的な感動を描く。

どこを切っても考えさせる内容だし、5つの時代のコントラストも鮮やか。

すごく完成度の高い作品だった。